代表弁護士 吉岡 毅
<復活掲載コラム>
鹿児島市内で発生した(とされた)強姦事件について、2016年(平成28年)1月12日、福岡高等裁判所宮崎支部で、逆転無罪判決が出されました。
被害者(とされた女性)が嘘をついていたようですが、それ以上に問題なのは、捜査機関が被害者の嘘に沿った滅茶苦茶な証拠を作ったり、公判担当の検察官が有利な証拠を作り出そうとして、密かに証拠破壊を伴う鑑定をしたりといった行為が繰り返されていたことです。
こういった事件は決して少なくありませんが、たまたま私が所属している法務研究財団の研究会でこの事件の詳しい事情を知ったので、この事件を題材にDNA鑑定について考えてみます。
この事件は、被害女性が見ず知らずの犯人について「人違い」をしてしまった事件ではありません。
被害女性が事件当時に被告人と一緒にいたことは、争いがありません。
しかし、被告人は、被害者と性交渉したことを否定していました。
被害女性が、被告人に強姦されたのかどうか(被告人との性交渉があったのかどうか)だけが問題となった事件でした。
一審は、当時17歳の被害女性の供述を全面的に信用し、被告人であった男性(23歳)に懲役4年の刑を言い渡していました。
(ちなみに、強姦罪は裁判員裁判事件ではありません。)
被害者の膣内からは事件直後に精液が採取されており、警察がDNA鑑定に回していました。
もし、その精液が被告人のものであれば、もちろん被告人が嘘をついていることになります。
警察側の鑑定人は、精液が微量すぎて鑑定の結論が出なかったと証言する一方で、鑑定に使った精液や鑑定の記録、メモなどをすべて廃棄していました。
これは、警察の内規等にも反する、明らかに不自然な鑑定手続でした。
そのため、警察によるDNA鑑定では、精液が被告人のものかどうかが分かりませんでした。
しかし、被害女性は、「被告人に強姦される前の性交渉は、当時の彼氏との間で事件の1週間以上前にしたのが最後だった」と主張していました。
一審の裁判官は、その証言を信用しました。
そして、一審判決は、『精液が誰のものかは全然分からなくても、被害女性が事件まで1週間以上ほかの男性と性交渉していないのだから、事件の日に被害女性の膣内に精液を残せたのは被告人だけだ、だから被告人は嘘をついている』と判断したのです。
結局、一審判決の決め手は、「事件の日まで1週間以上ほかの男性とは性交渉していない」という被害女性の言葉を信じるかどうか、それだけだったと言えます。
控訴審では、残っていたわずかな精液の資料から、再鑑定が行われました。
無罪判決の決め手は、そのDNA再鑑定です。
精液のDNAは、被告人とは別の男性のものでした。
嘘をついていたのは、被害者(だと言い張っていた女性)だったことになります。
彼女は、事件の直前に別の男性と性交渉したことをずっと隠し続けて、被告人に強姦されたことにしていたのです。
彼女の供述には多くの矛盾があったようですが、一審の裁判官はこれを無視して、被害女性の供述はとにかく信用できると断言していました。
また、DNAが微量で判断できなかったという警察の主張も、科学的にあり得ない結果だと(あらためて)分かりました。
……よーく考えてみてください。
本件では,被害者の体内に精液が残っていたことは争いがありません。精液は肉眼で確認できます。
しかし、DNAというのは、一つ一つの細胞の中に含まれているものです。肉眼で確認できるような大きさではありません。
そのDNAを含む細胞が大量に集まって精子となり、精子がさらに大量に集まった結果が、精液として肉眼で確認でき、採取されて残っていたわけです。
精液が残っていたと分かっているのに、その中のDNAが「微量すぎて」採取できないなどということは、あり得ないのです。
要するに、警察による証拠のねつ造か、もしくは、通常考えられないレベルの不適切(稚拙)な鑑定をしたか、どちらかです。
ところが、明確な結論と思われるDNA再鑑定の結果が出ても、この事件は、すぐには決着しませんでした。
( 次回、「 鹿児島強姦えん罪事件 ~DNA鑑定に翻弄される刑事裁判(2) 」へ続く )
(初出:2016/1)
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