親の葬儀にトレーナーとサンダルで行けという裁判官

代表弁護士 吉岡 毅

<復活掲載コラム>

 

先日(※2015年5月)、ある刑事事件の被告人の実母が亡くなられました。

 

その被告人(女性)が起訴されていた罪は、かなり軽微な内容でした。

どう考えても、執行猶予か罰金の軽い判決になる見込みでした。

しかし、生活保護受給中でお金がなかったので、保釈金は払えませんでした。

そのため、逮捕されてから裁判の第一回期日を待つまで間、2ヶ月以上、警察署での勾留(身体拘束)が続いていました。

私はその国選弁護人でした。

 

ある朝、突然、被告人のご親戚から私あてに、彼女の実母が急死したという連絡が入ってきました。

「ともかく、知らせるだけでも知らせてあげてください」との伝言でした。

勾留中の被告人本人が、翌日に控えた母親の葬儀に出席するなんて、不可能だと思っていたようです。

 

このような場合、法律上“裁判官が許可すれば”身体拘束状態を一時停止して(勾留の執行停止)、いったん自宅に戻り、葬儀に参加した後でまた警察に戻るということも可能です。

 

私は、急遽ご親戚との打ち合わせをして、裁判所に「勾留の執行停止」を申し立てました。

本来なら、一晩か二晩くらいはゆっくりお別れをさせてあげたいところでしたが、経験上、裁判所にそうした人間的な感性は期待できません。

裁判官には、せめて翌日の葬儀だけでも何とか参加を認めさせようと考えて、葬儀当日の朝8時から夜9時までの執行停止を求めることにしました。

 

葬儀は昼過ぎからです。

 

被告人が警察に留置されている間は、特に差入品がない限り、逮捕時の普段着や部屋着か官服しか身につけていません。せいぜいTシャツやGパン、運動靴です。

実際の彼女の所持品は、部屋着のトレーナーとサンダルだけでした。

留置中は、お風呂も週に2回程度しか入れません。

もちろん化粧などは一切できませんし、警察署には口紅一つ持ちこんでいませんでした。

 

そのため、もし裁判所が執行停止を認めたとしても、彼女は、裁判所が認めた停止の開始時刻ちょうどに警察署を出て、いったん自宅に帰ってシャワーを浴び、化粧をして、喪服に着替え、少しでも早く駆けつけてご遺体と対面し、涙を拭くのもそこそこに葬儀準備の手伝いもしなければなりません。

移動時間を考えると、当日朝8時からの執行停止でも、かなりの駆け足になります。

葬儀後も、できる限りその日のうちに形見分けその他できることを済ませたいとのことで、せめて遅い夕食を取れる程度の時間までは執行停止をしておきたいところでした。

それで、せめてものお別れの時間として、朝8時から夜9時までの執行停止を求めたのです。

 

執行停止の判断を担当したさいたま地方裁判所の裁判官は、被告人・弁護人側に対して何の打診も事情の聴き取りもなく、一方的に、午前11時から午後5時までに限って執行停止を指定しました。

警察と検察の事務処理の都合だけを聞いて、そのとおりに時間を決めたようです。

たとえ短時間でも執行停止が認められたのはよかったし、被告人も泣いて喜びましたが、私には怒りしかありませんでした。

被告人は、喪服に着替える時間すらないのではないかと、本当に心配でした。

本来なら争って文句を付けたいところでしたが、上級審の判断を受けるまでには葬儀が終わってしまいます。

仕方なく、当日の喪服や送迎の準備などをご親族と先に十分に打ち合わせて対応していただき、なんとか葬儀への参加だけはできたそうです。

ご親族のご協力がなければ、被告人は、何日もお風呂に入っていない、化粧もしていない状態で、汚れたトレーナーを着てサンダル履きで葬儀に出席することになったと思います。

この裁判官は、それでいいと思ったのでしょうか。

 

葬儀の約2週間後に開かれた第一回公判で、検察官は被告人に対して、罰金求刑をしました。判決も、罰金刑でした。

被告人は、やっと身体拘束を解かれて、家に帰りました。

 

執行猶予判決どころか、そもそも懲役刑を求められるような事件でもないのに、被告人は約3か月間も身体拘束されていました。

事件にも被告人にも色々な事情はあったとしても、やはり、裁判官は権力の使い方を間違っていたと思います。

 

 

(初出:2015/5)