代表弁護士 吉岡 毅
<復活掲載コラム>
来週(※2015年)10月3日土曜日午後2時から、定例の公開市民講座を浦和パルコ10階で開催します。
今回のお題は「成年後見のイロハ」。私が講師を務めさせていただきます。
当日は、市民の皆さんの視点で成年後見全般について詳しくお話ししますが、そこでは触れることができない、かなりニッチな成年後見と世界経済と投資のお話を一つ。
同じく成年後見人となる場合であっても、弁護士が専門職として裁判所によって選任される場合と、親族が後見人になる場合とでは、細かな点で違いが出てきます。
また、同じ専門職後見人弁護士の場合であっても、地域(裁判所)によって考え方や運用が違うこともあります。
その一例が、株式や投資信託等の扱いです。
専門職後見人は、被後見人(後見される人)の資産をできる限り維持することが求められます。
資産の中でも、不動産は、ほっておいても増えも減りもしませんし、売却には面倒な手続が必要ですから、とりあえずそのままにしておけば、普通は維持できます。
預貯金や現金は、そのままでも減るわけではありません。ただ、親族による使い込みなどを含めて、理由はともかく使われてしまうと後の祭りです。そこで、大きな金額の預貯金・現金資産は、とりあえず信託してしまうのが最近の運用です(『後見制度支援信託』)。
では、被後見人の資産の中に株式や投資信託があった場合はどうでしょうか?
株式や投資信託などの金融商品は、比較的短期間で大きな値動きがあるので、そのままにしておけばいいのか、売って現金に換えて管理すべきなのか、考え方がやや別れます。
少なくとも、当地さいたま家裁の現在の運用では、株式や投資信託について、特別な事情がない限り、「現状維持」が適切な維持管理の方法のひとつとして認められているようです。
しかし、ここ最近(※2015年)も、中国株式市場の混乱などに伴う世界経済の減速懸念から、日本株を含む全世界の同時株安が起きたばかりです。
長期的視野で見れば、今回の下げはまだ大したことはありませんが、相場のトレンドと資産に含まれている商品の特性によっては、一刻も早く売却した方が良い、という判断もあり得ます。「株=(投資ではなく)投機」という価値観も、一概には否定できないからです。
そのためか、聞くところによると、別の地域では専門職後見人がつくと株式や投資信託等の金融商品は直ちに売却する運用となっているそうです。
ひとつの考え方ではありますが、それはそれで一方的な感じもします。
たとえば、被後見人が世界経済の長期的成長を信じて、低コストのインデックス投資信託やETFに国内国外の分散投資をしていた場合に、相場には上下があるからと言って成年後見人が有無を言わさず全部解約してしまうのでは、被後見人の投資哲学を全否定することになるでしょう。
そのようなことは成年後見人本来の職務権限を超える気がします。
後見人は、本人のために本人の意思決定をできる限り支援するべきであって、本人のためと称して、本人に成り代わって勝手に物事を決めて良いわけではありません。
本当は、「専門職」を名乗る以上、専門職成年後見人となる者は、資産運用についての必要十分な知識をもって個別に対処するのが望ましいのです。
しかし、弁護士等の専門職後見人に求められているのは法律家としての専門性ですから、さすがにプライベートバンカー並みの投資知識を誰にでも要求するのは無理があります。
現実には、FP3級程度の知識すら持たない弁護士も、たくさん存在します。
というわけで、原則として一律に売却、あるいは、一律に現状維持という運用は、いずれも一長一短があると考えられます。
そのため、専門職後見人としては、当該被後見人の個別事情を深く考慮するというよりも(そもそも親族でもない専門職後見人には、そこまでの個別事情が分かりません)、どちらが万人に平均して有用な守りの姿勢と言えるか、という視点で検討するのが一般的ということになってしまうのです。
はたしてそれでいいのか?
……考えさせられる、というか、少し寂しい気がしますね。
もし、これが親族後見人による財産管理の場合だと、どうでしょうか?
親族ですから、被後見人の考え方を誰よりもよく知っている、ということもあるでしょう。
被後見人が自分で遺言や民事信託をする場合に準じて、「被後見人(たとえば自分の父親)が引き続き自分で財産管理をしていたらどう考えるか」という視点で考えることも、できるかもしれません。
被後見人がしたであろう考え方に従って、積極的に換価したり、長期ホールドしたりと、個別に判断できてもいいように思うのです。
少なくとも、仮に私が私の親族の後見人になった場合であれば、株や投資信託等の金融商品の管理については、本人の投資哲学に従って、個別銘柄毎に臨機応変かつ適切に判断してあげたい、だろうと思います。
だからといって、あまり知識のない親族後見人が勝手をして良いことにもなりませんから、難しいところですね。その親族後見人が被後見人の考え方をよく分かっていて、かつ、被後見人と同等の投資知識を持っていることが前提の話です。
裁判実務としては、親族後見人の投資知識の程度なんて正しく判断できないよ、などと言われてしまうわけです……。
ここ最近の株価の乱高下を眺めながら、専門職後見人と親族後見人のわずかな違いについて、ちょっと考えてみました。
(なお、専門職であれ親族であれ、投機はもちろんダメですし、利殖目的の積極的投資が認められるわけでもありませんので、ご注意ください。)
(初出:2015/9)
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